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東京地方裁判所 平成11年(ワ)18436号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

関口裕

被告

株式会社わかしお銀行

右代表者代表取締役

市川博康

右訴訟代理人弁護士

竹内桃太郎

吉益信治

小鍛治広道

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

1  原告と被告との間に雇用契約が存在することを確認する。

2  被告は,原告に対し,金390万9900円及び平成11年8月25日から判決確定まで毎月25日限り金65万1650円を支払え。

二  予備的請求

被告は,原告に対し,金559万6000円及びこれに対する平成11年8月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  一2及び二につき仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は,被告を懲戒解雇された原告が,懲戒解雇が無効であるとして,被告に対し,主位的には,原告と被告との間に雇用契約が存在することの確認並びに平成11年2月分から同年7月分までの賃金として合計390万9900円及び同年8月分以降の賃金として同年8月25日から判決確定まで毎月25日限り65万1650円の支払を,予備的には,懲戒解雇が有効であるとしても,被告には退職一時金の支払義務があるとして,退職一時金として559万6000円及びこれに対する請求の日の翌日である平成11年8月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  原告は,昭和54年3月2日株式会社第一相互銀行(以下「第一相互銀行」という。)に雇用された。その後,第一相互銀行は,その商号を「株式会社太平洋銀行」に変更し(商号を変更した後の第一相互銀行を以下「太平洋銀行」という。),平成8年6月27日に開催された株主総会において清算を決議し,同年9月17日には被告に営業譲渡するとともに,太平洋銀行の職員は右同日をもって太平洋銀行を解雇された。被告は,同年6月6日普通銀行として設立された株式会社であり,原告は,太平洋銀行を解雇された同年9月17日をもって被告に雇用された。

(争いのない事実)

2  原告の第一相互銀行及び太平洋銀行における職務経歴は,次のとおりである。

(一) 昭和54年3月 三鷹台支店預金係

(二) 昭和55年1月 千川支店準備委員

(三) 同年6月 千川支店融資係

(四) 昭和56年11月 創立70周年社内論文入賞

(五) 昭和57年4月 千川支店主任

(六) 昭和59年1月 本店営業部主任

(七) 昭和61年7月 本店営業部課長代理

(八) 昭和62年4月 渋谷支店営業課長

(九) 昭和63年3月 優秀課長賞受賞

(一〇) 同年9月 優秀課長賞受賞

(一一) 平成元年3月 優秀課長賞受賞

(一二) 平成2年6月 五反野支店営業課長

(一三) 平成4年4月 本店営業部融資課長・要管理債権担当

(一四) 平成5年11月8日 本店営業部副部長

(一五) 平成7年4月 本店業務渉外部調査役

(一六) 平成8年9月 本店営業統括部調査役

(一七) 平成9年10月 板橋支店副支店長

(一八) 平成10年9月 本店融資営業部主任調査役

(争いのない事実,弁論の全趣旨)

3  被告は,平成11年1月25日原告に対し,同人を懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。被告は,同月26日から原告の雇用契約上の権利を否認し,原告の労務提供を拒否している。

(争いのない事実)

4  被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には,次のような定めがある。

第3章 服務

第12条(服務規律)

職員は次の事項を遵守しなければならない。

(1)ないし(5)は省略

(6) 職務上の利得

職員は,職務に関連して謝礼・慰労,その他いかなる名目によっても贈与および饗応を受けてはならない。

(7) 取引先および関係者との関係

職員は,銀行の取引先および関係者に対し,金融の斡旋を行いまたは金銭・手形・物品の貸借およびその保証を行ってはならない。

(8)ないし(14)は省略

第11章 表彰および懲戒

第71条(懲戒処分)

職員の懲戒処分は次の7種類とし,賞罰委員会および常務会の議を経てこれを行う。

(1)ないし(6)は省略

(7) 懲戒解雇 即時解雇する。但し行政官庁の認定を受けないときは,労働基準法第20条第1項本文の解雇の手続きによる

但し,軽微な場合は指導・注意・厳重注意にとどめることがある。

第73条(出勤停止・降格・諭旨退職・懲戒解雇)

出勤停止,降格,諭旨退職,懲戒解雇は,次のいずれかに該当したときに行う。

(1)は省略

(2) 規則・規程に反して不正行為のあったとき

(3)ないし(7)は省略

(8) 職務に関連して不正に謝礼,慰労,饗応を受け,またはこれを要求したとき

(9)ないし(13)は省略

第74条(賞罰委員会)

「賞罰委員会規程」は別に定める。

(争いのない事実,〈証拠略〉)

5  被告の賞罰委員会規程には,次のような定めがある。

第2条(性格)

委員会は,銀行が行う表彰及び懲戒に関する諮問機関とする。また委員会は,銀行から諮問された事項について,事実の認定,証拠の確認,表彰又は懲戒条項の適用について審議決定し,その結果を常務会に答申するものとする。

第9条(事情の聴取)

委員会において必要と認めたときは,表彰または懲戒の当事者もしくは証人または関係人の出席を求めることができる。また,委員会は原則として懲戒の場合は,本人または本人が依頼した職員によって委員会において弁明し,または弁護する機会を与えることができる。

(〈証拠略〉)

6  被告の退職金規程(以下「本件退職金規程」という。)には,次のような定めがある。

第6条(支給の除外)

退職金は,次のいずれかに該当したときは支給しない。

(1)は省略

(2) 懲戒処分による解雇又は懲戒処分に相当する行為によって退職するとき

(3)は省略

(〈証拠略〉)

7  原告は,本件訴状により,被告に対し,主位的には,原告と被告との間に雇用契約が存在することの確認並びに平成11年2月分から同年7月分までの賃金として合計390万9900円及び同年8月分以降の賃金として同年8月25日から判決確定まで毎月25日限り65万1650円の支払を,予備的には,退職一時金として559万6000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。本件訴状は,平成11年8月20日に被告に送達された。

(当裁判所に顕著である。)

三  争点

1  本件解雇の有効性について(主位的請求)

(一) 被告の主張

次の(1)ないし(3)によれば,本件解雇が有効であることは明らかである。

(1) 懲戒事由の存在について

ア 懲戒事由を構成する事実は,次のとおりである。

(ア) 原告は,平成9年12月10日,被告の取引先であるF住販株式会社(以下「F住販」という。)から350万円を借りた(以下「本件金銭借入」という。)。

(イ) 原告は,被告の板橋支店(以下「板橋支店」という。)の融資・渉外担当副支店長として,被告の顧客であるA(以下「A」という。)に対し渉外業務を遂行中に,Aから不動産物件に関する情報の提供を求められたので,F住販から,東京都港区北青山〈以下略〉の土地(以下「北青山の土地」という。)に関する情報を得て,これをAに提供したところ,Aは,平成10年3月30日F住販を仲介人として北青山の土地についてその所有者である株式会社Tトレーディング(以下「Tトレーディング」という。)との間で売買契約を締結したので,F住販は,同年5月13日原告に対し紹介の謝礼として620万7678円を支払い,このうち350万円については前記(ア)の貸付金と相殺してその残金を原告に交付した(以下「本件謝礼受領」という。)。

イ アの(ア)及び(イ)の各事実は,それぞれ次のとおり本件就業規則に該当する。

(ア) 後記のとおり,普通銀行を業とする被告においてはその業務の公正さに対して顧客一般から寄せられる信頼こそが企業維持・存続の大前提であることにかんがみ,被告は,その職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる金銭消費貸借等を禁止することで,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で,本件就業規則12条(7)を設けている。本件就業規則12条(7)は,被告の職員が被告の利益を度外視して取引先等の利益を図るおそれがあることを防止する目的で設けられたものではない。したがって,本件就業規則12条(7)にいう「銀行の取引先および関係者」及び「金銭の貸借」の意味については,これを格別に限定して解する必要はない。

F住販は,被告に普通預金口座及び当座預金口座を開設し,被告は,F住販に対し約束手形帳及び小切手帳を交付して被告の信用を供与しており,過去にはF住販に対し融資を実行した実績もあるから,F住販が被告の取引先であることは明らかである。

以上によれば,前記ア(ア)の事実は,本件就業規則12条(7)に該当し,73条(2)所定の懲戒事由に該当する。

(イ) 後記のとおり,普通銀行を業とする被告においてはその業務の公正さに対して顧客一般から寄せられる信頼こそが企業維持・存続の大前提であることにかんがみ,被告は,その職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる謝礼の受領等を禁止することで,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で,本件就業規則73条(8)を設けている。したがって,本件就業規則73条(8)にいう「職務」の意味については,これを格別に限定して解する必要はなく,被告の職員として行う職務一般と解すべきであり,また,謝礼等の交付先が被告の取引先に限定されるものでないことも明らかである。

以上によれば,前記ア(イ)の事実は,本件就業規則73条(8)所定の懲戒事由に該当する。

(2) 本件解雇の懲戒処分としての相当性について

次のアないしオによれば,被告が,本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に,原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことが,合理的かつやむを得ないものであり,本件解雇が懲戒処分としての相当性を有することは明らかである。

ア 被告における就業規則12条(7)及び73条(8)の重要性について

被告は,業として普通銀行を営む株式会社であり,広く社会一般から預金等の形態で調達した資金を運用することを企業活動の根本とする以上,被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であり,そのことは,銀行法において銀行業の免許申請に対し内閣総理大臣が免許を与えるか否かを判断する際の審査基準として,免許申請者が銀行業務を「公正」に遂行することができる知識及び経験を有し,かつ十分な社会的信用を有する者であることが掲げられていることからも明らかである。

このように普通銀行を業として営む被告においてはその業務の公正さに対して顧客一般から寄せられる信頼こそが企業維持・存続の大前提であることにかんがみ,被告は,その職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる金銭消費貸借や謝礼の受領等を禁止することで,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で,本件就業規則12条(7)及び73条(8)を設けており,本件就業規則12条(7)及び73条(8)は,被告が普通銀行としてその企業活動を維持・存続していくために被告の職員として絶対に遵守しなければならない根本的な事項を規定・規律した規定であって,これらの規定に違反した本件金銭借入及び本件謝礼受領は,まさに被告の普通銀行としての企業の維持を危険にさらしかねない極めて重大な非違行為と評すべきものである。

イ 原告の地位・職責について

本件金銭借入及び本件謝礼受領の各非違行為を犯した当時の原告は,板橋支店の副支店長の地位にあり,部下の職員に被告の諸規定・規則類を遵守するよう指導監督すべき職責を担っていた者であるにもかかわらず,そのような職責を担う原告が自ら率先して本件就業規則12条(7)及び73条(8)をないがしろにする所為に出たことは,被告と原告との間の信頼関係を決定的に破壊するものというほかなく,被告としてはこれ以上原告との間の雇用関係を継続していくことを容認することは到底できない。

ウ 原告の不正利得の金額の多寡について

原告が本件金銭借入及び本件謝礼受領によって得た金員は620万円と多額にのぼり,被告としてはこのように多額の金員を不正に利得し続ける原告に対し,さらに被告からの退職金の受給資格を認めるなどということはおよそ耐え難い事柄であり,本件金銭借入及び本件謝礼受領に対する制裁としては,原告の退職金を不支給とする懲戒解雇こそ相当な処分であると判断せざるを得ない。

なお,本件就業規則12条(7)及び73条(8)は,被告に対する直接の経済的損害を問題としていない行為類型を規律するものであるから,本件金銭借入及び本件謝礼受領によって被告に実損害が発生していないことは,右の判断を左右するものではない。

エ 原告の反省の情の欠如について

原告は,本件金銭借入及び本件謝礼受領に関する基本的な事実関係については認めた上,被告に対しては謝罪の意を表明しているものの,被告の検査部による事情聴取の際には,例えば,金員の流れについて説明を求められたのに,「関係ない。」と答えるなど,本件金銭借入及び本件謝礼受領の詳細に関する事情聴取に非協力的な態度をとっており,このことは,原告が自己の犯した非違行為の重大性を真に認識した上で反省しているわけではないことを容易に推測しうるのであり,この点からも原告に宥恕すべき点は見当たらない。

オ 本件金銭借入及び本件謝礼受領における個別的事情について

(ア) 被告の事情聴取における原告の回答によれば,本件金銭借入の動機は,マンションを購入して転売することにより利殖を図ることにあったというのであるから,そこには原告を宥恕すべき点を何も見出すことはできない。

(イ) 原告がF住販から謝礼を受領した平成10年5月13日とは,板橋支店がAに対し同日付けで融資した金員を原資として,Aが売主であるTトレーディングに対し売買代金の最終支払をし,併せてその仲介人であるF住販に対し仲介手数料を支払った日であり,板橋支店のAに対する融資は原告が中心となって行われたものである。したがって,本件謝礼受領における資金の流れとしては,原告が中心となって行われた板橋支店のAに対する融資の一部がF住販を介して融資を実行したその日に原告の懐に入っていることになるのであって,このような資金の流れの下における原告による謝礼の受領を被告としては到底容認することはできない。

(3) 適正な手続の履践について

ア 被告は,次の(ア)ないし(エ)のとおり,本件解雇に至る手続として本件就業規則及び賞罰委員会規程に定められた手続を遺漏なく履践してきており,その手続において何らの瑕疵もない。

(ア) F住販の代表取締役であるB(以下「B」という。)は,平成11年1月6日板橋支店に電話を架(ママ)けてきた上,同月7日には同支店を訪問し,応対した同支店の支店長及び副支店長に対し,原告に本件謝礼受領の領収書を書くよう告げてほしいと申し入れてきた。

(イ) 被告は,事実関係を確認するため,平成11年1月11日人事部長と営業統括部長を原告と面談させ,Bの申入れに係る事実関係について真偽を問うたところ,原告は,本件金銭借入の事実は認めたものの,その他の金銭の授受を一切否定した。しかし,原告は,同月12日午前8時30分ころから人事部長及び人事部副部長と面談した際には,本件謝礼受領の事実も認め,本件金銭借入及び本件謝礼受領が本件就業規則上禁止されていることは理解していた旨を表明し,寛大な処分を求めた。

(ウ) 被告は,本件就業規則71条所定の賞罰委員会を緊急招集させ,賞罰委員会は,平成11年1月12日午前10時30分ころから開催され,人事部長らによる面談の結果が報告され,検査部に事実関係を確認させることが指示されるなどし,検査部は,同月12日,同月13日,同月14日,同月19日,同月20日及び同月25日の6回にわたり原告から事情を聴取した。賞罰委員会は,同月12日以後は,同月14日,同月20日,同月22日及び同月25日の4回にわたり開催された。

(エ) 賞罰委員会は,検査部による事情聴取の結果を踏まえ,平成11年1月25日,委員全員の一致により原告を懲戒解雇処分とすることを決定し,常務会は,同日中に賞罰委員会の作成に係る人事処分案を決議して原告を懲戒解雇処分とすることを決定し,右同日原告を懲戒解雇処分とする旨の辞令が原告に交付された。

イ 賞罰委員会規程9条によれば,原告に直接の弁明の機会を付与することが必要的でないことは明らかであり,本件では,賞罰委員会の委員でもある人事部長及び人事部副部長が原告と面談しており,原告は,その面談の際に本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めた上で,これらの行為が本件就業規則上禁止されていることは理解していた旨を表明していたこと,原告は,検査部におる事情聴取の際に,本件金銭借入及び本件謝礼受領を自認しており,その旨の自筆の調書が作成されていたことからすれば,原告に賞罰委員会の席上での弁明の機会を与えていなかったからといって,そのことから直ちに本件解雇の手続に瑕疵があり,本件解雇が無効であるということはできない。

(二) 原告の主張

次の(1)ないし(4)によれば,本件解雇が無効であることは明らかである。

(1) 懲戒事由に対する事実誤認等について

ア 懲戒事由を構成する事実には,次のとおり事実誤認がある。

(ア) 原告が350万円を借りたのはF住販ではなく,Bである。Bは,被告に預金口座を開設しておらず,被告との取引はない。F住販は,被告の恵比寿支店に預金口座を開設しているだけであり,被告との間で取引はなく,その預金口座自体も出入金のない,いわゆる「死口座」である。原告は,職員としての立場というよりは個人としての立場で時折Bと情報を交換していたにすぎない。

(イ) 原告がAから物件情報の提供の依頼を受けたときやAに物件情報を提供したときには,Aは,被告に預金口座を開設しておらず,したがって,被告の顧客ではなく,原告のAに対する物件情報の提供は被告の渉外業務には当たらない。

イ 懲戒事由を構成する事実は,次のとおり本件就業規則所定の懲戒事由には当たらない。

(ア) 金銭の貸借等をすることは基本的には個人の自由であることからすると,本件就業規則12条(7)は,被告の職員が取引先等から金銭貸借等をするときは取引先等との癒着が生じやすく,その結果,職員が被告の利益を度外視して取引先等の利益を図るおそれがあるので,これを防止するために設けられた規定であると考えられる。そうすると,本件就業規則12条(7)にいう取引先や関係者とは,被告の職員がその取引先等との具体的な預金取引・融資取引等を担当し,その取引を通じて被告に不利益を与える蓋然性がある程度にその職員の職務に関係している取引先等を意味するものと解され,また,本件就業規則12条(7)で禁止されている金銭貸借等も,その取引先等との金銭貸借等のうち被告に不利益を与える蓋然性をもった金銭貸借等であると解される。

本件では,原告とBとの関係は職員としての立場というよりは個人としての立場で時折情報を交換する程度の関係であり,また,原告は,Bに対し被告の利益を度外視してB又は同人が代表者を務めるF住販の便宜を図ることができる立場にはなかったのであるから,Bを本件就業規則12条(7)にいう取引先や関係者に該当するということはできないし,本件金銭借入が本件就業規則12条(7)で禁止されている金銭借入に該当するということもできない。

以上によれば,被告の主張に係る懲戒事由を構成する事実のうち(ア)の事実は,本件就業規則12条(7)に該当しない。

(イ) 本件就業規則73条(8)が謝礼等を受け取ることを一般的に禁止するものではないことは,その規定の文言から明らかであり,そうであるとすると,被告の職員が謝礼等を受け取ることが直ちに「不正」とされるものではなく,いかなる場合が「不正」に当たるかは本件就業規則73条(8)の趣旨から解釈すべきであるということになるところ,本件就業規則73条(8)の禁止の趣旨は,被告の職員が具体的に担当する預金業務や融資業務等に関連して取引先から謝礼等を受け取るときは取引先の利益を優先し,被告に不利益を与える可能性があるので,これを禁止したものと理解すべきであり,そうすると,本件就業規則73条(8)が禁止している「不正な」謝礼等の受取りとは,預金取引や融資取引等の銀行業務について被告の職員が具体的に担当している職務に関連して取引先から一定の行為を行うこと又は行わないことの対価として謝礼を受け取ることを禁止したものと理解すべきである。

また,本件就業規則73条(8)にいう「職務に関連して」とは,被告の職員としての具体的な銀行業務と解すべきである。なぜなら,そう解さないと,被告の職員としての店舗外での活動がすべて渉外業務として本件就業規則73条(8)の対象とされることになるが,それが,本件就業規則73条(8)の趣旨に照らし誤りであることは明らかであるからである。原告がAに対して物件情報を提供したことは,原告のAに対する個人的な親切の域を脱しないサービスの提供であり,「職務に関連して」に該当しないことは明らかである。

以上によれば,被告の主張に係る懲戒事由を構成する事実のうち(イ)の事実は,本件就業規則73条(8)所定の懲戒事由に該当しない。

(2) 本件解雇の懲戒処分としての相当性の欠如について

被告は,本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したが,本件金銭借入及び本件謝礼受領によって被告には実損害は発生していないし,被告の対外的な信用が毀損されたという事実もないこと,被告は,本件金銭借入及び本件謝礼受領を原告の職務上の行為ではなく原告の個人的な行為として認めていたこと,本件金銭借入や本件謝礼受領によって被告の職員に対し何らかの悪影響を与えたことはうかがわれないこと,懲戒解雇は,企業組織からの放逐にとどまらず,退職金の不支給や過去の功労の抹消等のしゅん烈な制裁を伴う処分であり,その選択に当たっては極力慎重に行うべきであること,以上の点に照らせば,本件解雇が合理的かつやむを得ないものであるとは到底いえない(ママ)

(3) 適正な手続の欠如について

原告は,本件金銭借入及び本件謝礼受領が被告の知るところとなって,平成11年1月13日から連日にわたり検査部から事情を聴取されたが,それは一方的なものであり,原告には弁明の機会は与えられなかった。本件解雇は,弁明の機会を与えずに行われた不適正なものである。

被告は,本件解雇を急いで行っているが,これは,平成11年3月までに実施される金融監督庁の検査の前に早く処理してしまいたいという意図があったことによるものと考えられ,また,被告は,平成9年10月ころには人員削減計画を策定し,これを実施するものとされていたのであり,本件解雇は,この人員削減の流れを汲んだ強引なものである。

(4) 平等性の欠如について

被告には,これまで太平洋銀行の当時のものも含めて数例の懲戒事例があるが,これらは,被告に損害を与えたりその信用を毀損したりした背任的な事例であるにもかかわらず,降格,減給又は出向にとどまっている。これらの処分事例と比べると,本件解雇が過酷かつ不平等であることは明らかである。

2  原告の月額賃金の金額について(主位的請求)

(一) 原告の主張

原告の平成11年1月分の月額賃金は65万1650円であるから,本件解雇が無効とされて原告が平成11年1月26日以降も被告の職員としての地位を有するとされた場合には,右同日以降の原告の月額賃金は65万1650円である。

(二) 被告の主張

原告の平成11年1月分の月額賃金が65万1650円であることは認め,本件解雇が無効とされて原告が平成11年1月26日以降も被告の職員としての地位を有するとされた場合に,右同日以降の原告の月額賃金が65万1650円であることは争う。

原告の平成11年1月分の賃金には,半年に1回の割合で支給される通勤費(同年4月15日から同年10月14日までの分)として12万3150円が,職員がキャッシュディスペンサー(CD)の当番を担当した月に支払われるCD・直手当として1500円が,それぞれ含まれている。

3  原告の退職一時金の支払義務の有無について

(予備的請求)

(一) 原告の主張

本件解雇によって原告の職員としての地位が喪失していたとしても,懲戒解雇の場合に退職一時金の不支給が認められるのは,懲戒解雇された労働者のそれまでの勤続の功労を抹消ないしは減殺してしまうほどの著しい不信行為があった場合に限られるとするのが判例及び裁判例の考え方であるところ,原告にはこれまでの勤続の功労を抹消ないしは減殺してしまうほどの著しい不信行為があったわけではないから,被告は,原告に対し,本件退職金規程に基づいて退職一時金の支払義務を負っている。

(二) 被告の主張

原告は,懲戒処分として解雇されたから,被告は,本件退職金規程6条(2)により原告に対し退職一時金の支払義務を負わない。

4  原告の退職一時金の金額について(予備的請求)

(一) 原告の主張

原告が自己都合退職したとみなした場合の原告の退職一時金の金額は559万6000円である。

(二) 被告の主張

原告が自己都合退職したとみなした場合の原告の退職一時金の金額は556万1292円である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件解雇の有効性)について

1  証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ(ただし,争いのない事実を含む。),証拠(〈証拠略〉)のうちこの認定に反する部分は採用できず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告は,平成9年12月10日にF住販から350万円を借りた。F住販は,昭和62年8月5日に被告の支店に預金口座を開設し,平成元年3月10日には当座預金口座を開設して被告から手形帳と小切手帳の交付を受けており,本件解雇がされた平成11年1月25日にも右の当座預金口座は開設されたままで,F住販は,右同日以降も右の当座預金口座を利用している。被告は,昭和62年9月2日にF住販に対し融資を実行したことがあり,この融資に係る返済は平成9年10月20日に終了した。

(争いのない事実,〈証拠略〉)

(二) 板橋支店は,平成9年10月,かねてから取引があった株式会社H工務店から,同社が買った東京都練馬区内の土地の売主であるAを紹介してもらい,Aに対しAが他の金融機関に預けていた定期預金を板橋支店に預け替えてもらえるよう勧誘し始めた。その勧誘中に,Aが,東京都港区青山及びその周辺に土地付きの建物を物色中であり,購入が決まった場合には建物の代金については金融機関からの融資を充てたいと考えていることを知った板橋支店は,同年12月までに東京都港区青山及びその周辺にある物件を紹介したが,Aが気に入る物件はなかった。原告は,同年12月当時板橋支店の融資・渉外担当副支店長であったが,右のAの考えを知って,F住販から東京都港区青山及びその周辺にある物件に関する情報を得て,これをAに提供したところ,Aは,そのうち北青山の土地を気に入り,平成10年3月30日F住販を仲介人として北青山の土地についてその所有者であるTトレーディングとの間で売買契約を締結するに至った。Aは,北青山の土地の購入代金の一部に充てる目的で板橋支店から5000万円の融資を受けることにし,板橋支店に対し5000万円の融資を申し込み,板橋支店は,同年5月13日Aに5000万円を融資した。F住販は,原告にAを紹介してくれた謝礼として620万7678円を支払うことにしたが,平成9年12月10日に原告に貸した350万円がいまだ返済されていなかったことから,620万7678円から350万円を控除した270万7678円を紹介の謝礼として支払うことにし,その旨原告の了解を得た上で,平成10年5月13日に270万7678円を原告の口座に振り込む方法により支払った。なお,Aが被告に初めて預金口座を開設したのは同年2月17日であった。

(争いのない事実,〈証拠略〉)

(三) F住販の代表取締役であるBは,平成11年1月6日板橋支店に電話を架(ママ)けてきた上,同月7日には同支店を訪問し,応対した同支店の支店長及び副支店長に対し,原告に本件謝礼受領の領収書を書くよう告げてほしいなどと申し入れてきた。被告は,事実関係を確認するため,同月11日午前9時15分ころから人事部長と営業統括部長を原告と面談させ,Bの申入れに係る事実関係について真偽を問うたところ,原告は,本件金銭借入の事実は認めたものの,その他の金銭の授受を一切否定した。しかし,原告は,同月12日午前8時30分ころから人事部長及び人事部副部長と面談した際には,本件謝礼受領の事実も認め,本件金銭借入及び本件謝礼受領が本件就業規則上禁止されていることは理解していた旨を表明し,寛大な処分を求めた。被告は,本件就業規則71条所定の賞罰委員会を緊急招集させ,賞罰委員会は,同月12日午前10時30分ころから開催され,人事部長らによる面談の結果が報告され,検査部に事実関係を確認させることが指示されるなどし,検査部は,同月12日,同月13日,同月14日,同月19日,同月20日及び同月25日の6回にわたり原告から事情を聴取した。賞罰委員会は,同月12日以後は,同月14日,同月20日,同月22日及び同月25日の4回にわたり開催された。賞罰委員会は,同月22日までの検査部による事情聴取の結果を踏まえ,同月25日午前9時ころから開催され,委員全員の一致により原告を懲戒解雇処分とすることを決定し,常務会は,右同日に賞罰委員会の作成に係る人事処分案を決議して原告を懲戒解雇処分とすることを決定し,右同日午後検査部による事情聴取中に原告を懲戒解雇処分とする旨の辞令が原告に交付された。

(争いのない事実,〈証拠略〉,弁論の全趣旨)

2  1で認定した事実を前提に,本件解雇の有効性について判断する。

(一) 懲戒事由の存否について

(1) 懲戒事由を構成する事実について

1で認定した事実によれば,

ア 原告は,平成9年12月10日被告の取引先であるF住販から350万円を借りたこと,

イ 板橋支店は,平成9年10月以降他の金融機関からの定期預金の預け換えを勧誘していたAが,東京都港区青山及びその周辺に土地付きの建物を物色中であり,購入が決まった場合には建物の代金については金融機関からの融資を充てたいと考えていることを知って,同年12月までに東京都港区青山及びその周辺にある物件を紹介したが,Aが気に入る物件はなかったという状況の下において,その当時板橋支店の融資・渉外担当副支店長であった原告は,Aに対し,F住販から東京都港区青山及びその周辺にある物件に関する情報を得て,これをAに提供し,そのうち北青山の土地を気に入ったAは,平成10年3月30日F住販を仲介人として北青山の土地についてその所有者であるTトレーディングとの間で売買契約を締結するに至り,Aは,同年5月13日に北青山の土地の購入代金の一部に充てる目的で板橋支店から5000万円の融資を受けたが,F住販は,原告にAを紹介してくれた謝礼として620万7678円を支払うことにし,平成9年12月10日に原告に貸した350万円を控除した270万7678円を平成10年5月13日に原告の口座に振り込む方法により支払ったこと

が認められる。

右によれば,懲戒事由を構成する事実として本件金銭借入(右のアの事実に相当する。)及び本件謝礼受領(右のイの事実に相当する。)を認めることができる。

(2) 本件就業規則への該当性について

ア 本件金銭借入の,本件就業規則12条(7),73条(2)への該当性について

(ア) 銀行法において銀行業の免許申請に対し内閣総理大臣が免許を与えるか否かを判断する際の審査基準として,免許申請者が銀行業務を「公正」に遂行することができる知識及び経験を有し,かつ十分な社会的信用を有する者であることが掲げられていることからすれば,被告が業として普通銀行を営んでおり,広く社会一般から預金等の形態で調達した資金を運用することを企業活動の根本とする以上,被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であること,本件就業規則12条(7)は,銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の借入れを禁止しているのみならず,銀行の取引先及び関係者に対する金銭・手形・物品の貸付け及びその保証並びに銀行の取引先及び関係者に対する金融のあっせんも禁止していること,以上の点に照らせば,本件就業規則12条(7)は,被告の職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる金銭消費貸借等を禁止することで,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で設けられた規定であると解される。

これに対し,原告は,本件就業規則12条(7)は,被告の職員が被告の利益を度外視して取引先等の利益を図るおそれがあることを防止する目的で設けられたものであると主張するが,採用できない。

(イ) そうすると,本件金銭借入は,本件就業規則12条(7)に違反しているというべきであり,したがって,本件就業規則73条(2)に該当するというべきである(なお,本件就業規則73条(2)で懲戒処分の対象となるのは単に規則・規程に違反する「行為」ではなく,規則・規程に違反する「不正行為」であるが,本件就業規則12条(7)が設けられた趣旨からすれば,本件就業規則12条(7)に違反する行為は「公正さ」を害する行為という意味において「不正行為」であると解することができるから,本件就業規則12条(7)に違反する行為は本件就業規則73条(2)に該当するものというべきである。)。

イ 本件謝礼受領の,本件就業規則12条(6),73条(8)への該当性について

(ア) 前記のとおり,被告の銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であるといえること,本件就業規則12条(6)は,被告の職員が職務に関連して贈与及び饗応を受けることを一切禁止していること,以上の点に照らせば,本件就業規則12条(6)は,被告の職員個人と特定の取引先との癒着を想起させる謝礼の受領等を禁止することで,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で設けられた規定であると解される。

これに対し,原告は,本件就業規則12条(7)は,被告の職員が被告の利益を度外視して取引先等の利益を図るおそれがあることを防止する目的で設けられたものであると主張するが,採用できない。

(イ) そうすると,本件謝礼受領は,本件就業規則12条(6)に違反しているというべきであり,したがって,本件就業規則73条(8)に該当するというべきである。

これに対し,原告は,本件就業規則73条(8)に「不正に」という文言があることを根拠に,本件就業規則73条(8)は,被告の職員が具体的に担当する預金業務や融資業務等に関連して取引先から謝礼等を受け取るときは取引先の利益を優先し,被告に不利益を与える可能性があるので,これを禁止したものと理解すべきであると主張するが,本件就業規則73条(8)が前提としている本件就業規則12条(6)が,被告の職員が職務に関連して贈与及び饗応を受けることを一切禁止していることからすれば,本件就業規則73条(8)にいう「不正に」という文言だけでは,この文言に本件就業規則12条(6)に違反する行為のうち懲戒処分の対象とする行為を限定する意味が付与されているとは解し難く(本件就業規則12条(6)が設けられた趣旨からすれば,本件就業規則12条(6)に違反する行為はすべて「公正さ」を害されたという意味において「不正」であると解することができる。),したがって,本件就業規則73条(8)に「不正に」という文言があることだけでは,本件就業規則73条(8)を原告の主張のとおり解することはできない。右の原告の主張は採用できない。

ウ 小括

以上によれば,本件金銭借入は,本件就業規則12条(7)に違反し,本件就業規則73条(2)に該当し,本件謝礼受領は,本件就業規則12条(6)に違反し,本件就業規則73条(8)に該当する。

(二) 本件解雇の懲戒処分としての相当性について

前記1で認定した事実によれば,被告においては,その営む銀行業務の公正さに対して社会一般から寄せられる信頼を維持していくことが企業秩序の維持・存続の大前提であり,被告の公正さに対する顧客一般の信頼を確保する目的で本件就業規則12条(7)及び12条(6)を設けているが,原告が行った本件金銭借入及び本件謝礼受領は,これらの規定に違反する行為であり,被告としては到底看過することができない重大な非違行為であるといえること,本件金銭借入及び本件謝礼受領の各非違行為を犯した当時の原告は,板橋支店の副支店長の地位にあり,部下の職員に被告の諸規定・規則類を遵守するよう指導監督すべき職責を担っていた者であるにもかかわらず,そのような職責を担う原告が自ら率先して本件就業規則をないがしろにする所為に出たことは,被告と原告との間の信頼関係を破壊するものといえること,原告が本件金銭借入及び本件謝礼受領によって得た金員は620万円余りと多額にのぼっており,その金額は原告の請求に係る退職一時金の金額よりも多いこと,以上の事実が認められ,これらの事実を総合すれば,原告は,被告から本件金銭借入及び本件謝礼受領について事情を聴取された早い段階で本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めていたこと,原告は,第一相互銀行から通算すると,被告に19年余り勤務していたことになるが,前記第二の二2の事実及び証拠(〈証拠略〉)によれば,その間の原告の勤務態度や勤務成績が格別不良であったことは認められないこと,本件金銭借入及び本件謝礼受領によって被告に実損害が発生したことや被告の対外的な信用が毀損されたことはうかがわれないこと,本件金銭借入や本件謝礼受領によって被告の職員に対し何らかの悪影響を与えたこともうかがわれないことなど,原告に有利な事実を勘案しても,被告が本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことは合理的かつやむを得ないものであると認めることができる。

(三) 本件解雇における適正な手続の履践の有無について

賞罰委員会規程9条は,「委員会は原則として懲戒の場合は,本人または本人が依頼した職員によって委員会において弁明し,または弁護する機会を与えることができる。」と規定しているが,前記1で認定した事実及び証拠(〈証拠略〉)並びに弁論の全趣旨によれば,原告に賞罰委員会の席上での弁明の機会を与えていなかったこと,しかし,賞罰委員会の委員でもある人事部長及び人事部副部長が原告と面談しており,その面談の際に本件金銭借入及び本件謝礼受領を認めた上で,これらの行為が本件就業規則上禁止されていることは理解していた旨を表明していたこと,原告は,検査部におる事情聴取の際に,本件金銭借入及び本件謝礼受領を自認しており,その旨の自筆の調書が作成されていたことが認められ,これらの事実によれば,原告に賞罰委員会の席上での弁明の機会を与えていなかったからといって,そのことから直ちに本件解雇の手続に瑕疵があり,本件解雇が無効であるということはできない。

また,原告は,被告が本件解雇を急いで行っており,これは,平成11年3月までに実施される金融監督庁の検査の前に早く処理してしまいたいという意図があったことによるものと考えられ,また,被告は,平成9年10月ころには人員削減計画を策定し,これを実施するものとされていたのであり,本件解雇は,この人員削減の流れを汲んだ強引なものであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,右の原告の主張は採用できない。

(四) 本件解雇における平等性の欠如の有無について

被告が本件金銭借入及び本件謝礼受領を理由に原告に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択したことが合理的かつやむを得ないものであることは,前記のとおりであって,そのように判断するに至った理由として挙げた前掲の諸事実に照らせば,仮に原告の主張するとおり,本件解雇までの被告における数例の懲戒事例が,いずれも被告に損害を与えたりその信用を毀損したりした背任的な事例であるにもかかわらず,その処分としては降格,減給又は出向にとどまっていたとしても,それだけでは本件解雇が過酷かつ不平等であるということはできない。

3  以上によれば,本件解雇は,客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当として是認することができるから,解雇権の濫用として無効であるということはできない。

そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告の地位確認及び未払賃金の請求は理由がない。

二  争点3(原告の退職金の支払義務の有無)について

1(一)  退職金は,継続的な雇用関係の終了を原因として,労働者に支給される一時金であるが,その法的性質については,退職金の支給条件が法令,労働協約,就業規則,労働契約などにおいて明確に規定されていて使用者がその支払義務を負担するものであるときは,退職金は労働基準法11条にいう「労働の対償」としての賃金に該当するものと解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁)。

(二)  証拠(〈証拠略〉)によれば,本件就業規則68条は,「職員の退職金に関しては別に定める『退職金規程』による。」と規定していること,右の規定を受けて設けられた本件退職金規程によれば,退職金には退職一時金と退職年金があること,本件退職金規程は退職一時金及び退職年金の支給条件について規定していることが認められ,これらの事実によれば,原告の請求に係る退職一時金については,その支給条件が就業規則において明確に規定されていて被告がその支払義務を負担しているものというべきであるから,労働基準法11条所定の賃金に当たると解される。そうすると,被告が支給する退職一時金は賃金後払いの性質を有するということになる。

2  ところで,本件退職金規程6条は,「退職金は,次のいずれかに該当したときは支給しない。(2)懲戒処分による解雇又は懲戒処分に相当する行為によって退職するとき」と規定している(前記第二の二6)が,そもそも使用者には退職一時金の支払義務があるわけではないから,労働契約に反しない限り,その支給条件をどのように定めることも自由であると考えられること,一般に退職一時金には賃金後払いの性質だけでなく,功労報償の性質もあることは否定し難いことにかんがみれば,懲戒解雇された従業員には退職一時金を支給しないという内容の付款が一般的に不合理なものとして効力を有しないということはできない。そして,本件において被告による退職一時金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職一時金を支給しないという付款を設けることが原告と被告との間の労働契約に反するとまでいうことはできないのであって,被告による退職一時金の支給について支給条件として懲戒解雇された従業員には退職一時金を支給しないという内容の付款を設けることも許されるというべきである。したがって,本件退職金規程6条は有効である。

そうすると,原告は懲戒解雇されており,右の懲戒解雇は有効であるから,被告は,本件退職金規程6条(2)に基づき,原告に対し退職一時金の支払義務を負わないというべきである。

3  以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の退職一時金の請求は理由がない。

三  結論

以上によれば,原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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